生徒会副会長を務める廿楽華恩。彼女の母親にして唐渓高校PTAの会長を務める女性は、浜島の声に少し表情を曇らせた。
「ずいぶんと深刻そうでしたけれど、何かありまして?」
優雅な立ち居振る舞いは、生まれ持ってのものだろう。
「いえいえ、別に」
美鶴などは目にしたこともないだろう笑顔で、浜島も受け答える。
「廿楽さんこそ、今日はどのようなご用件で?」
「えぇ、ちょっと嫌なお話を聞きましてね。まぁ 浜島先生にお会いできたのは幸運ですわ」
言い終わる頃にはもう浜島の目の前まで歩み寄っている。
「なんでも昨日、学校で傷害事件が起こったとか?」
こういう情報は、早いものだな。
心内で苦笑しつつ、だが浜島は無言で相手を促す。
「女子生徒が下級生を殴ったと伺いましたの。本当ですの?」
「えぇ」
「まぁっ!」
素っ頓狂と表現したくなるような声と共に目を見張る女性。
「なんてはしたない。どちらの生徒ですの? 下級生と言うからには、加害者は二年生か三年生ですわね」
「二年生です」
「お名前は?」
「大迫美鶴」
聞かされた名前を口の中で反芻する女性。
「名前ではわからないでしょうが、こう言えばお解かりかと」
浜島は、意味ありげに口元を歪め
「例の生徒です」
その言葉に廿楽は一瞬首を傾げ、だが次の瞬間には瞠目した。
「ひょっとして、身分もわきまえずに唐渓へ潜り込んだ低所得者の娘?」
浜島は黙って頷く。その仕草に、廿楽は大袈裟にため息をついた。
「やっぱりね」
納得するように二度大きく頷き
「やっぱりこうなるのよ。これだから下層庶民は困りますわね」
同意を求める廿楽の視線に浜島も頷き
「あのような生徒が問題を起こすのは目に見えていました。育ちも環境も最悪ですからね」
「わかっていて、どうして入学などさせたのです?」
「成績には問題がなかった。入学を拒否できなかったのですよ」
「でも入学時に、その生徒の生活環境や親の収入状況などは把握していたのでしょう? 何か理由をつけて入学を阻止することはできたはずです」
「理事長は、そのような工作は好まない。受験時の成績の捏造などもっての他です。それは人間として、あるまじき行為」
そして、それは浜島本人にとっても許しがたい行為。
そんな浜島の視線を受け、廿楽は仰け反るように相手を見上げる。
「えっ えぇ…… えぇ、そうですわ」
まずそれだけを口に出し
「もちろんそうです。私たちは、そのような反人道的行為を認めるつもりはありません。それは子供を育てる立場にある者として、あってはならない行為です」
だがそこで廿楽は乗り出す。それはまるで、浜島の視線を押し返すかのよう。
「ですが、このような問題をそう度々起こされては困ります。なにより唐渓に通っている他の生徒への悪影響になりかねませんわ。麻薬などに手を出して自殺した生徒だって、ひょっとしたらその大迫という生徒に唆されただけかもしれません。あの事件にも、大迫という生徒は関与していたのでしょう?」
あの事件に関して言えば、美鶴はたんに巻き込まれただけ。むしろ被害者であって、原因は不甲斐ない数学教師にある。
だが人間とは、多少物事を拗らせてでも自分が善しとは思わない存在に原因を求め、根拠を造りだし肥大させ、リアルな推理を展開する。
|